CONCEPT

<思いやりの絆は世代を超えた不文律の安全保障>


●生き残るためのAManTo的共生ネットワーク

今、2015年のネパールの大震災において我々は、過去の学びを一歩進め、恒久的な相互支援ネットワークをつくり、モノだけでなく心をつなぐ、ネットワーク作りが大切であると考え行動しています。


太古から続く黒潮のネットワーク
大きなきっかけになったのは那智勝浦の土砂災害の支援に行った時でした。
我々の本拠地である関西の大阪は、那智という近距離での被災に際し、いち早く駆けつけたつもりでした。
しかし我々より、1000キロ離れた気仙沼大島の人が駆けつけてくださっていた事をしります。

それは、我々が大島に届けた「天人元気届隊」と書いたスコップや一輪車が何故か那智勝浦に届いていました。
それは、カツオ漁で古代から助け合っていた熊野灘の漁師さんと大島の漁師さんの相互支援の黒潮ネットワークがあったため、カツオを追って行き来してきた海の道を通って、それらがいち早く運ばれたという事でした。

●人社会の復興から自然共生システムの進興へ
今の我々が、必死に行う支援は、地球の側からすればヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たるの大変効率の悪いものなのかもしれません。
平時から共に生きる関係をつくりながら次の被災を踏まえた復興、
他の被災地ができた場合は共に協力してそこを支援する関係づくり…
それが知恵のある人類の地球との共生のありかたであり、
その関係を地球中にはりめぐらす事で、地球の側からみれば、
人類はこの大地に害を与える種ではなく、
人類の存在が、地球にとってのホメオスタシス(恒常性)を進化させる自己修復機能の一部になりえるのではないか…

いやなっていかねばならない。
それが多くの苦しみや悲しみを乗り越えて復興していく意味である…
と考えるようになったのです。
元気届隊の活動は、そこを意識した
「地球と生き残るためのAManTo的共生ネットワーク」をこの星にはりめぐらす、
いわばアートのつながり「あまんとみち」の世界版です。
ここに至ってこそ余暇のため、人だけの情操教育のための芸術活動は、
地球のホメオスタシスの一部としての芸術活動となり、
人類の次のステージとしての「美」という動物とは違った価値観で助け合う「天然芸術EART」としての価値をもった文明の創造に進む事ができるのだと確信しています。

脚注

※1「遠距離支援」

西日本からできる復興プランを考え実験、実証して
その雛形を全国に紹介、真似をしてもらう
「広範囲」「遠距離」「長時間」
この3点があらゆる活動で問題になるだろう。

a)「広範囲」の問題
大きなNGOが面で征服するやりかたでも無理、
小さいユニットが自分達でできるノウハウを情報公開し
地元民を巻き込み行う必要がある。
同時多発的復興のための雛形の提示
●持続可能なライフスタイルの提案
●コミュニティーカフェのような寄合場の設置、ニーズとシーズを
b)「遠距離」の問題
移り住めるボランティアでは足りない。
遠距離だと時間的資金的に無駄が多く、
貯金の切り崩しでは続かない。
●通うノウハウを西日本から作り
日本海側、北海道、ひいては海外近隣諸国に真似てもらう。
c)「長時間」の問題
ボランティアの資金がつき、帰省後の就労が難しくなる。
放射能汚染が進んだ場合、移住を余儀なく去れる人が増える
被爆に関する健康被害は10年後から本格化する
●ボランティア支援という考え方
●復興のための「積極疎開」のすすめと西日本での受け入れ推進
●震災孤児への支援
●里親、養子縁組など家族の意味の改進運動
●ボランティアの自主資金づくり
●ボランティア中の就労問題


※2「被災中復興」
人類初の放射能下での「被災中復興」を余儀なくされた
チェルノブイリのように復興をやめる選択肢は島国日本にはできない
●放射能注意報の発信
●放射能除去のノウハウ開発
●放射能時代の生活術
●健康の新しい定義
●健康法食事法の研究提案

※3「あがなう復興」
人間中心の視点では「復興」、「再開発」というのは正論だ。
しかし、大地を放射能で汚してしまった、他の生き物に迷惑を
かけてしまった…そんな自然に優しい視点でみれば、
我々のしたことは「地球に御免なさい」から始まる
「あがなう復興」であってもいいのではないだろうか?
今を時代の転換期ととらえ次世代未来文明の礎を築き
それが亡くなった方への一番の弔いだと考える。
すると「復興」という元に戻す行為ではなく
本来僕らが到達すべきだったクリーンな文明に進んで戻る
「進興」が必要なのかもしれない。
●次世代エネルギー
●流通のシステム
●経済のバーター化
●消費革命
●社会構造の小ユニット化と世界とのダイレクトコネクト化
●小ユニットのコクリエーション(共創造)時代の到来